2024.02.14

"程よい緊張感の持続について②"

大和鋼管中村です。

先週の安全ブログでは、労災・事故を引き起こす一つ目のパターンとして、”集中力が欠けてウッカリ起こすミス”についてお伝えしました。今回はもう一つの、”集中し過ぎて全く危険を想定せず/できずに起こすミス”についてお話しできればと思います。

集中し過ぎて発生するミスは、より大きな労災・事故に繋がる可能性が高くなり、当社でこれまでに発生した2件の死亡事故はいずれもこの場合だと認識しています。

その要因は”製品”に集中し過ぎている、もしくは”機械・設備”に集中し過ぎている場合で、どちらも何らかの不具合の発生が要因になっています。

一度目のケースは厳密にどう起こったのかは究明できていませんが、おそらく製品にキズ等の不具合が発生しており、その状況を確認しようとしてムリな態勢で機械設備に近付き、手元が狂って機械に巻き込まれた可能性が高いと思われます。

二度目のケースは複合的な要素が絡んでいるものの、”機械・設備”を少しでも早く使える状態にしたいと思い、自身の知識や経験値を頼りに不本意にも危険を顧みない行動を取ってしまった事が、労災・事故を引き起した要因だとほぼ特定できています。

勿論、何れのケースに於いても事前に十分な知識や経験不足を補う為の工夫を、研修や日々の意思疎通を通じて補う事はできた点は大いに悔やまれますが、仮にそれらの取り組みがされていても、必要な知識を必要な時に必要な分だけ引き出せないと、労災・事故を回避する事は困難です。

つまりいずれのケースも、”製品”や”機械・設備”に過剰に注意が向いてしまった結果、頭と心と体の健全さを維持できていないというよりも、頭も心も体も健全さを超えた過剰な集中力を発揮してしまい、通常は取らないムリな行動や、危険を顧みない動作を行ってしまう状態に自覚なく陥っている訳です。

こうなると当事者は外部からかなり遮断されているので、何らかの形でその集中を切るのに十分な”キッカケ”がないと、危険な方向に進み続ける事になります。

その”キッカケ”となりうるのが”視覚”と”聴覚”です。

健常者は約7割の刺激を”視覚”から得ているとされており、色や光による明確な変化が目の前で起きると、その強い刺激に直ぐに反応してしまいます。但し色や光はその場でしか効果を発揮しないのが難点です。

一方で”聴覚”は、”視覚”と違って空間的な拘束範囲は比較的少なく、離れた場所でも効果を期待できますが、”視覚”に比べると刺激の度合いは低く、また他の音に紛れてしまう事や、時間が経つと慣れてしまう事に注意が必要です。

いずれにしても人は”視覚”や”聴覚”による大きな刺激を得ると、思考も感情も感覚も一旦止まる、つまり”集中を切る”ことが可能になるので、この現象を如何に必要な時に、必要な場所で、必要な分だけ実現する事が、安全を確保しつつ生産性を上げる事に繋がっていく訳です。

我々が現在行っている危険箇所の総点検では、特に現場(場所)/現物(設備等)/現実(作業)のうちで現場(場所)/現物(設備等)に関して、色/光/音を組み合わせる事を検討しています。

例えば作業者が危険箇所に入ったり、注意の必要な設備に触れた場合に、センサーで感知し光で危険度を伝えると同時に、音で周囲の仲間にもその状況を知らせる事によって、安全に関する状況を本人に認知させ、周囲に共有させる取り組みです。

つまり先ずは本人の意識を一旦集中し過ぎる対象から外し、その上で周囲との意思疎通をし易い環境を作り出し、その遣り取りを通じて集中させすぎずに”程よい緊張感の持続”を実現していく訳です。

一方で此等の取り組みは適用する箇所が多くなると、その有効性は”慣れ”で打ち消されますし、また”故障”や”不具合”が発生した際にも機能する仕組みを構築しないと、不本意に別のリスクを生みかねないので要注意です。

この様にこのブログでは、可能な限り私自身の経験と知見を皆さんに共有させて頂いた上で、率直なご質問/ご提案/リクエストを頂きながら、一緒に”0災害の追求”の更新に挑み、行動して参りたいと考えております。

”集中し過ぎを抑止する取り組み”や”慣れ”を回避する方法等について、何かご質問/ご提案/リクエストがございましたら、下記のリンクよりご連絡ください。

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最後までお読みいただき感謝申し上げます。これからも”0災害の追求”に不屈に取り組んで参りますので、引き続きご支援/ご協力を宜しくお願い致します。ありがとうございました。

大和鋼管工業株式会社
代表取締役社長
中村 慎市郎

 


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